健康診断 尿沈渣 異常所見の意味 専門家解説
尿沈渣検査とは:なぜ健康診断で行われるのでしょうか
健康診断の尿検査は、手軽に体の状態を知ることができる重要なスクリーニング検査です。多くの健康診断で実施される定性検査(尿糖、尿蛋白、尿潜血など)に加え、異常が疑われた場合や、より詳細な情報が必要な場合に「尿沈渣検査」が行われます。
尿沈渣検査は、尿を遠心分離して得られる沈殿物(沈渣)を顕微鏡で観察する検査です。これにより、尿中に含まれる細胞成分(赤血球、白血球、上皮細胞など)、円柱、結晶、細菌などを詳しく調べることができます。定性検査では捉えられない、あるいは陽性反応の原因を特定するために、この尿沈渣検査は非常に重要な役割を果たします。
特に、尿蛋白や尿潜血が陽性であった場合、その原因が腎臓や尿路のどこにあるのか、炎症や出血の程度はどのくらいかなどを判断するための決定的な情報を提供することがあります。読者の皆様の中には、尿検査で「要再検査」や「精密検査」となり、尿沈渣検査を勧められた方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、尿沈渣検査で見られる主な異常所見が何を意味するのか、専門家の視点から解説いたします。
尿沈渣検査で見られる主な異常所見とその意味
尿沈渣検査では、さまざまな成分が観察されますが、特に臨床的に重要な意味を持つのは以下の成分です。それぞれの異常な増加や出現が、どのような状態を示唆するのかを解説します。
赤血球
尿中に赤血球が検出されることを「血尿」と呼びます。健康な人でもわずかな赤血球が認められることがありますが、基準値(一般的には1視野あたり5個未満)を超えて検出される場合は異常と判断されます。
- 血尿が示す可能性:
- 腎臓の病気: 糸球体腎炎、IgA腎症などの腎炎、腎盂腎炎
- 尿路の病気: 尿路結石(腎結石、尿管結石、膀胱結石)、膀胱炎、尿道炎、尿路系の腫瘍(腎臓がん、尿管がん、膀胱がん、前立腺がんなど)
- その他の原因: 外傷、激しい運動、薬剤の影響、稀に全身性疾患
顕微鏡で観察される赤血球の形も重要な情報源です。腎臓の糸球体由来の血尿の場合、赤血球が変形(変形赤血球)していることが多く、これは腎臓の糸球体に病変がある可能性を示唆します。一方、変形していない正常な形の赤血球が多い場合は、腎臓よりも下部尿路(尿管、膀胱、尿道)からの出血が考えられます。
白血球
尿中に白血球が検出されることを「膿尿」と呼びます。健康な人でもわずかに認められることがありますが、基準値(一般的には1視野あたり5個未満)を超えて検出される場合は異常と判断されます。
- 白血球増加が示す可能性:
- 尿路感染症: 膀胱炎、腎盂腎炎、尿道炎、前立腺炎など、尿路の炎症性疾患の存在を強く示唆します。
- 腎臓の病気: 糸球体腎炎、間質性腎炎など。
- その他の原因: 尿路結石による刺激、尿路系の腫瘍、稀に全身性疾患。
特に、尿沈渣で細菌も同時に多数検出される場合は、尿路感染症である可能性が非常に高いと考えられます。
円柱
円柱は、主に腎臓の尿細管の中で、尿中に含まれるタンパク質などが固まって形成される構造物です。健康な人でも、運動後などに一時的に「硝子円柱」という種類の円柱が認められることがありますが、病的な円柱が検出された場合は、腎臓の病変を強く示唆します。
- 主な円柱の種類と示す可能性:
- 硝子円柱: 生理的な状態(運動後など)でも出現することがあるが、腎臓病でも見られる。
- 顆粒円柱: 腎臓の尿細管細胞の変性や破壊を示唆し、腎臓の病気を強く疑わせます。
- 細胞円柱:
- 赤血球円柱: 糸球体からの出血があることを示唆し、急性糸球体腎炎などの腎臓の病気を強く疑わせます。
- 白血球円柱: 腎盂腎炎や間質性腎炎など、腎臓での炎症を示唆します。
- 上皮細胞円柱: 尿細管の上皮細胞が剥がれ落ちて形成され、尿細管の障害を示唆します。
- ロウ様円柱: 慢性腎臓病が進行し、腎機能が著しく低下した状態で出現することがあります。
円柱の出現は、単なる炎症や出血だけでなく、腎臓の実質的な障害を示唆する重要な所見です。
上皮細胞
尿路を構成する上皮細胞が尿中に剥がれ落ちて検出されます。尿路のどの部分由来かによって、形状が異なります(腎盂尿管上皮、膀胱上皮、扁平上皮など)。
- 上皮細胞増加が示す可能性:
- 通常、ある程度の上皮細胞は生理的に剥がれ落ちるため、少数であれば問題ありません。
- しかし、多数の上皮細胞が検出される場合や、特定の形態の上皮細胞(例:異型細胞)が検出された場合は、炎症や結石、腫瘍などの尿路疾患の可能性を考慮する必要があります。特に、腎尿細管上皮細胞が多く見られる場合は、尿細管の障害を示唆することがあります。
結晶
尿中に溶けている物質が結晶化したものです。尿のpHや濃度、特定の疾患などによって、さまざまな種類の結晶が出現します(例:シュウ酸カルシウム、尿酸、リン酸アンモニウムマグネシウムなど)。
- 結晶出現が示す可能性:
- 結晶自体は病的な意味を持たないことも多いですが、尿路結石の既往がある場合や、特定の種類の結晶が多数見られる場合は、結石形成のリスクが高いことを示唆することがあります。
- シスチン結晶やチロシン結晶など、特定の代謝異常症を示唆する結晶もあります。
- 一部の薬剤の代謝産物が結晶として検出されることもあります。
細菌、酵母、寄生虫など
- 細菌: 多数の細菌が検出された場合、尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎など)の可能性を強く示唆します。ただし、採尿時のコンタミネーション(外陰部からの混入)の可能性も考慮が必要です。
- 酵母(真菌): 免疫力が低下している方や糖尿病の方などで、尿路感染症の原因となることがあります。
- 寄生虫: 非常に稀ですが、特定の寄生虫(例:尿路住血吸虫)が検出されることもあります。
尿沈渣検査の結果が異常だった場合の次のステップ
尿沈渣検査で異常所見が認められた場合、それは何らかの腎臓や尿路の病変が存在する可能性を示唆しています。放置せずに、必ず医療機関を受診して精密検査を受けることが重要です。
精密検査の内容
尿沈渣の異常所見の種類や程度、その他の健康診断結果(尿蛋白、尿潜血、腎機能を示す血液検査値など)や自覚症状(排尿時痛、頻尿、血尿の目視確認など)に基づいて、以下のような精密検査が検討されます。
- 尿の再検査: 時間をおいて再度尿検査を行い、異常が持続しているか、あるいは変化があるかを確認します。
- 尿培養検査: 細菌が検出された場合に、原因となっている細菌の種類を特定し、効果的な抗生物質を選択するために行います。
- 血液検査: 腎機能(クレアチニン、eGFRなど)や炎症反応(CRPなど)、免疫学的な検査などを詳しく調べます。
- 画像検査:
- 腎臓・尿路の超音波検査: 腎臓の形や大きさ、結石、腫瘍、水腎症などの有無を調べます。
- CT検査やMRI検査: より詳細な画像情報を得るために行われます。特に結石や腫瘍の診断に有用です。
- 膀胱鏡検査: 膀胱内にカメラを入れて直接観察する検査です。膀胱の炎症や腫瘍、出血源などを確認します。
- 腎生検: 腎臓の組織を採取して顕微鏡で詳しく調べる検査です。特に糸球体腎炎などの腎臓の病気の確定診断や活動性・重症度を評価するために行われます。
医療機関に相談する際のポイント
精密検査を受ける際は、以下の点を医師に伝えられるように準備しておくとスムーズです。
- 今回の健康診断で指摘された尿沈渣の異常所見(具体的な項目や程度)。
- これまでの健康診断の結果(過去にも同様の指摘があったか)。
- 自覚症状の有無(排尿時の痛み、頻尿、血尿、腰痛、むくみなど)。
- 既往歴や内服中の薬剤。
- アレルギーの有無。
医師はこれらの情報や精密検査の結果を総合的に判断し、診断を確定し、適切な治療方針を決定します。
日常生活でできること
尿沈渣の異常が指摘された場合、原因が確定するまでは自己判断で対策を行うのは避けるべきです。まずは精密検査を受け、医師の指示に従うことが最も重要です。
ただし、一般的な尿路系の健康維持のために、普段から以下の点を心がけることは良いでしょう。
- 水分を十分に摂取する: 尿量を増やすことで、尿路内の細菌や老廃物を排出しやすくします。
- トイレを我慢しない: 尿が長時間膀胱に留まることを避け、細菌の増殖を抑えます。
- 体を冷やさない: 特に女性の場合、体を冷やすと膀胱炎になりやすいと言われています。
- 規則正しい生活: 十分な睡眠とバランスの取れた食事は、体の免疫力を維持するために重要です。
これらはあくまで一般的な健康増進のためのアドバイスであり、具体的な疾患の治療や改善を保証するものではありません。尿沈渣の異常が指摘された場合は、必ず専門医の診断を受けてください。
まとめ:尿沈渣検査は腎臓・尿路の健康を映す鏡
健康診断の尿沈渣検査は、目には見えない腎臓や尿路の状態を知るための貴重な情報源です。赤血球、白血球、円柱などの異常所見は、腎炎、尿路感染症、尿路結石、尿路系の腫瘍など、さまざまな病気の可能性を示唆します。
もし健康診断で尿沈渣の異常を指摘された場合は、過度に心配するのではなく、まずは冷静に受け止め、必ず医療機関を受診して精密検査を受けることが重要です。専門家による詳細な検査と診断を受けることで、原因が明らかになり、早期に適切な対応を開始することができます。ご自身の体の声に耳を傾け、健康維持のために積極的に行動しましょう。