健康診断の血清鉄とフェリチン検査 基準値・意味・貧血との関連性 専門家解説
健康診断の血液検査項目には多くの種類があり、それぞれが体の状態を示す重要な指標となります。その中でも、血清鉄とフェリチンは、体内の鉄分の状態を知る上で非常に重要な項目です。今回は、これらの検査項目が何を示しているのか、基準値や異常値の意味、そして特に気になる貧血との関連性について、専門家の視点から解説します。
血清鉄とフェリチンとは? それぞれ何を示しているのですか?
健康診断で測定される血清鉄とフェリチンは、どちらも体内の鉄分に関連する項目ですが、示している状態が異なります。
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血清鉄(Serum Iron:Fe) 血清鉄は、血液中を運ばれている鉄分の量を直接的に測定する値です。鉄分はトランスフェリンというタンパク質に結合して運ばれます。血清鉄の値は、食事や体調によって一時的に変動しやすいという特徴があります。
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フェリチン(Ferritin) フェリチンは、体内に貯蔵されている鉄分の量を反映するタンパク質です。肝臓、脾臓、骨髄などの臓器に多く存在し、鉄を貯蔵する役割を担っています。血液中のフェリチン濃度は、体全体の貯蔵鉄量と相関があると考えられています。そのため、フェリチンは体内の鉄分が不足している状態(鉄欠乏)を早期に把握するための重要な指標となります。
分かりやすく例えるなら、血清鉄は「いま血液に乗って運ばれている鉄」、フェリチンは「倉庫にストックされている鉄」のようなイメージです。
基準値はどのくらいですか? 基準値から外れるとどういう意味ですか?
血清鉄とフェリチンの基準値は、検査機関や測定方法によって多少異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。
- 血清鉄: 男性 50〜160 µg/dL 程度、女性 40〜150 µg/dL 程度
- フェリチン: 男性 50〜200 ng/mL 程度、女性 10〜100 ng/mL 程度(性別や年齢によって幅があります)
これらの基準値から外れる場合は、体内の鉄代謝に何らかの異常がある可能性が考えられます。
血清鉄・フェリチンが基準値より低い場合
- 血清鉄低値: 血液中に運ばれる鉄分が少ない状態を示します。鉄不足の可能性が考えられますが、単独での判断は難しいです。
- フェリチン低値: 体内の貯蔵鉄が枯渇している状態を示します。これは、鉄欠乏のサインとして非常に重要です。ヘモグロビンが正常範囲内であっても、フェリチンが低い場合は「潜在性鉄欠乏」と呼ばれ、将来的に鉄欠乏性貧血に移行するリスクが高い状態と考えられます。
血清鉄・フェリチンが基準値より高い場合
- 血清鉄高値: 血液中の鉄分が多い状態を示します。鉄過剰症や特定の貧血(溶血性貧血など)、肝機能障害などで上昇することがあります。
- フェリチン高値: 体内の貯蔵鉄が多い状態を示しますが、注意が必要です。フェリチンは鉄の貯蔵だけでなく、炎症や感染、悪性腫瘍などによっても上昇する性質(急性期反応物質)があるため、フェリチン高値だけでは鉄過剰と断定できません。鉄過剰症(ヘモクロマトーシス)、肝疾患、慢性炎症性疾患などで高値を示すことがあります。
血清鉄やフェリチンの異常は、具体的にどのような病気や状態と関連がありますか?
血清鉄やフェリチンの異常値は、様々な状態を示唆する可能性があります。
低値の場合に関連する主な状態
- 鉄欠乏性貧血: 最も一般的な原因です。鉄分の摂取不足、吸収障害、または慢性的な出血(女性の過多月経、消化性潰瘍、大腸ポリープやがんからの出血など)によって鉄分が失われることで起こります。特にフェリチン低値は、貧血が顕在化する前の段階(鉄欠乏期)から異常を示すため、早期発見に役立ちます。
- 栄養不足・偏食: 極端なダイエットや偏った食事により、鉄分の摂取が不十分な場合。
- 吸収障害: 胃腸の手術後やセリアック病など、鉄分の吸収を妨げる病態がある場合。
高値の場合に関連する主な状態
- 鉄過剰症(ヘモクロマトーシス): 遺伝的な要因などにより、鉄分が過剰に体内に蓄積される病気です。肝臓、心臓、膵臓などに鉄が沈着し、臓器障害を引き起こす可能性があります。この場合、血清鉄、フェリチン、トランスフェリン飽和率(TIBCやUIBCと合わせて計算される項目)がいずれも高値となる傾向があります。
- 肝疾患: 肝炎や肝硬変などにより、肝細胞が破壊されると、貯蔵されていたフェリチンが血液中に放出されて高値を示すことがあります。
- 炎症性疾患・感染症: フェリチンは炎症によっても上昇するため、リウマチなどの膠原病、感染症、あるいは悪性腫瘍などが原因で高値を示すことがあります。この場合、CRPなどの炎症マーカーも同時に高値を示すことが多いです。
- 特定の貧血: 溶血性貧血(赤血球が壊されやすい貧血)や巨赤芽球性貧血(ビタミンB12や葉酸不足による貧血)などでも、鉄の利用がうまくいかず、血清鉄やフェリチンが高値を示すことがあります。
- 多量の輸血: 短期間に多量の輸血を受けた場合、鉄が過剰になることがあります。
健康診断で異常値を指摘された場合、どうすれば良いですか?
健康診断で血清鉄やフェリチンに異常値が見られた場合、「要再検査」や「要精密検査」の指示があるかと思います。ご自身で情報を調べることも大切ですが、これらの数値異常が示す可能性は多岐にわたるため、必ず医療機関を受診し、専門家である医師の診断を受けるようにしてください。
医療機関受診時のポイント
- 健康診断の結果を持参する: 医師が総合的に判断するために不可欠です。
- 現在の症状を伝える: 疲労感、めまい、息切れ、腹痛、不正出血など、気になる症状があれば詳しく伝えましょう。
- 既往歴や内服薬、生活習慣を伝える: これまでの病気、現在飲んでいる薬(特に鉄剤やサプリメント)、食事内容、飲酒習慣なども診断の参考になります。
医療機関で行われる可能性のある検査
医師は、血清鉄・フェリチン以外の血液検査項目(ヘモグロビン、ヘマトクリット、MCV、MCH、白血球、血小板、CRP、肝機能など)や問診、診察の結果を総合して、異常値の原因を探ります。必要に応じて以下のような追加検査が行われることがあります。
- 鉄関連検査の追加: トランスフェリン、不飽和鉄結合能(UIBC)、総鉄結合能(TIBC)、トランスフェリン飽和率など、鉄代謝の詳細を評価する検査。
- 原因検索のための検査:
- 貧血が疑われる場合: 便潜血検査、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)、大腸カメラ(下部消化管内視鏡検査)(消化管からの出血確認)、婦人科診察(女性の場合、過多月経の確認)など。
- 鉄過剰症が疑われる場合: 遺伝子検査、肝機能検査の詳細、腹部エコーやCT、MRIなど。
- 炎症や肝疾患が疑われる場合: CRPなどの炎症マーカー、肝機能検査の詳細、腹部エコーなど。
日常生活でできることはありますか?
健康診断で異常値が指摘された場合、まずは医療機関を受診し、診断に基づいた対応をすることが最も重要です。自己判断での食事制限やサプリメント摂取は、かえって状態を悪化させたり、正確な診断を妨げたりする可能性があるため、避けるべきです。
- 低値の場合(鉄欠乏が疑われる場合):
- 医師から原因疾患の治療や鉄剤の内服を指示された場合は、その指示に必ず従ってください。
- 食事からの鉄分摂取を意識することも大切ですが、食事だけでは不足分を補いきれないことが多いです。鉄分を多く含む食品(レバー、赤身肉、カツオ、アサリ、小松菜、ほうれん草など)をバランス良く取り入れ、鉄の吸収を助けるビタミンCを含む食品(果物、野菜)と一緒に摂取すると効果的です。ただし、これはあくまで治療を補完するものであり、治療の代わりにはなりません。
- 高値の場合:
- 高値の原因によって対応が全く異なります。必ず医師の診断を受け、原因に応じた治療や生活指導(例:ヘモクロマトーシスであれば瀉血療法、食事指導など)に従ってください。自己判断で鉄分の摂取を極端に制限することは、必要な栄養素の不足を招く可能性もあります。
まとめ
健康診断の血清鉄とフェリチン検査は、体内の鉄分状態、特に貯蔵鉄の量を評価する上で非常に有用な指標です。これらの数値の異常は、鉄欠乏性貧血をはじめ、鉄過剰症や炎症、肝疾患など様々な状態を示唆する可能性があります。
知的好奇心からご自身で調べられることは素晴らしいですが、複雑な要因が絡み合うことも多いため、健康診断で異常値を指摘された際には、安易な自己判断はせず、必ず医療機関を受診し、専門家である医師にご相談ください。適切な診断とアドバイスを受けることが、ご自身の健康を守るための最も確実なステップとなります。