健康診断のPSA検査 基準値、高値の意味と精密検査 専門家解説
健康診断のPSA検査とは
健康診断や人間ドックにおいて、男性の任意検査項目として「PSA検査」が提供されることがあります。PSAとは「前立腺特異抗原(Prostate-Specific Antigen)」の略称であり、前立腺の細胞から分泌されるタンパク質です。主に精液中に含まれますが、健康な状態でも少量血液中に存在します。PSA検査は、血液中のPSAの量を測定することで、前立腺に関する疾患、特に前立腺がんのスクリーニングとして広く利用されています。
この検査結果について、「基準値から外れていた」「高値だったが、どういう意味か」「がんなのではないか」といった不安を抱かれる方もいらっしゃるでしょう。PSA検査は前立腺がんの早期発見に有用なツールの一つですが、その解釈には専門的な知識が必要です。ここでは、健康診断で得られたPSA検査の結果をどのように理解すべきか、専門家の視点から解説します。
PSAの基準値とその意味
PSAの基準値は、一般的に血液1mlあたり4.0ng/ml未満とされています。多くの医療機関でこの基準値が用いられていますが、検査方法や機器によって多少異なる場合があるため、ご自身の健康診断の結果用紙に記載されている基準値をご確認ください。
PSA値は、前立腺の細胞が何らかの原因で破壊されたり、細胞間のバリアが破綻したりすると、より多く血液中に漏れ出すと考えられています。したがって、PSA値が高いということは、前立腺に何らかの異常が起きている可能性を示唆します。
ただし、PSA値は年齢とともにやや上昇する傾向があるため、基準値を年齢別に設定している医療機関もあります。例えば、60歳代では5.0ng/ml未満、70歳代では6.0ng/ml未満などを基準とする場合が見られます。しかし、年齢別基準値を用いず、一律4.0ng/mlを基準とする施設も少なくありません。年齢別の基準値は、より正確なリスク評価のために考慮されることがありますが、いずれにしても基準値を超えた場合は、精密検査の対象となることが一般的です。
PSA高値が示す可能性
PSA値が高値を示す原因は、前立腺がんだけではありません。主に以下の疾患が考えられます。
- 前立腺がん: PSA検査が最も有効なのは、前立腺がんの早期発見です。がんでない組織と比べて、がん組織はPSAをより多く分泌したり、組織構造の変化によって血液中へPSAが漏れ出しやすくなったりするため、PSA値が上昇します。PSA値が高いほど前立腺がんの存在する可能性は高まりますが、PSA値とがんの悪性度や進行度は必ずしも一致しません。
- 前立腺肥大症: 加齢とともに前立腺が肥大する疾患です。肥大した組織からPSAが多く分泌されるため、PSA値が上昇することがあります。前立腺肥大症は良性疾患ですが、症状によっては治療が必要となることがあります。
- 前立腺炎: 前立腺が細菌感染などによって炎症を起こす疾患です。炎症により前立腺組織がダメージを受け、PSAが血液中に漏れ出しやすくなるため、PSA値が上昇します。炎症が治まればPSA値は低下することが多いです。
- その他: 前立腺への物理的な刺激(直腸診、前立腺マッサージ、尿道カテーテル挿入、前立腺生検など)や、射精などによって一時的にPSA値が上昇することもあります。また、特定の薬剤がPSA値に影響を与える可能性も指摘されています。
このように、PSA高値は様々な原因で起こり得るため、「PSAが高い=前立腺がん」と即断することはできません。他の臨床情報と合わせて総合的に判断する必要があります。
PSA高値の場合の次のステップ:精密検査
健康診断でPSA高値を指摘された場合、速やかに医療機関(主に泌尿器科)を受診し、精密検査を受けることが推奨されます。精密検査では、PSA値が高い原因を特定し、特に前立腺がんの有無を確認することを目的とします。
精密検査で一般的に行われるのは以下の項目です。
- 問診: 自覚症状(排尿困難、頻尿など)の有無、既往歴、家族歴、服用中の薬剤などについて詳しく聞き取ります。
- 直腸診: 医師が指を直腸に挿入し、直腸の壁越しに前立腺の大きさや硬さ、表面の滑らかさなどを触診します。がんが存在する場合、前立腺の一部が硬く、表面がでこぼこしていることがあります。
- 経直腸超音波検査: 直腸内に超音波のプローブを挿入し、前立腺の大きさ、形、内部の状態を画像で観察します。がんが疑われる病変が見つかることがあります。また、この検査の際にPSA値と前立腺体積から算出される「PSA密度(PSAD)」や、遊離型PSA(free PSA)と総PSA(total PSA)の比率(fPSA/tPSA比)を参考にする場合があります。
- 前立腺生検(組織検査): 前立腺がんを確定診断するために最も重要な検査です。経直腸超音波で確認しながら、前立腺の複数箇所(通常は10〜12箇所程度)から細い針で組織を採取します。採取した組織を顕微鏡で詳しく調べ、がん細胞の有無を確認します。この検査は入院または日帰りで行われ、局所麻酔下で行われます。
精密検査は、PSA値の高さ、直腸診や超音波検査の所見、年齢などを総合的に考慮して、医師が必要と判断した場合に行われます。必ずしも全てのPSA高値の方が生検を受けるわけではありません。
PSA検査の意義と限界
PSA検査は、自覚症状のない早期の前立腺がんを発見する上で非常に有用な検査です。早期に発見されれば、治療の選択肢が広がり、良好な予後が期待できる可能性が高まります。前立腺がんは比較的高齢の男性に多く見られますが、早期には症状がないことがほとんどであるため、PSA検査によるスクリーニングが重要となります。
しかし、PSA検査には限界があることも理解しておく必要があります。
- 偽陽性: がんではない前立腺肥大症や前立腺炎でもPSA値が上昇することがあり、精密検査を受けてもがんが見つからない場合があります。これにより、不必要な不安や検査に伴う負担(生検合併症のリスクなど)が生じる可能性があります。
- 偽陰性: PSA値が基準値内であっても、前立腺がんが存在する可能性はゼロではありません。特に悪性度の高い一部の前立腺がんでは、PSA値がそれほど上昇しないこともあります。
したがって、PSA検査の結果はあくまで前立腺がんの可能性を示唆するものであり、確定診断には組織検査が必要です。また、PSA値が正常範囲内であったとしても、排尿に関する気になる症状がある場合は、自己判断せずに医療機関に相談することが大切です。
まとめ
健康診断でPSA高値を指摘された場合、前立腺がんの可能性を含め、前立腺に何らかの異常が起きているサインとして受け止めることが重要です。しかし、前立腺肥大症や前立腺炎など、良性の疾患でもPSA値は上昇します。不安を感じるかもしれませんが、まずは落ち着いて結果を受け止め、必ず医療機関(泌尿器科)を受診し、専門医の判断を仰いでください。精密検査によってPSA高値の原因を特定し、必要であれば適切な治療へと進むことが、健康を守る上で最も大切なステップです。PSA検査を正しく理解し、ご自身の健康管理に活かしてください。