健康診断 貧血の種類と検査値の関係 専門家解説
健康診断で「貧血」を指摘された、あるいは貧血に関連する検査値に異常が見られたとき、漠然とした不安を感じられる方もいらっしゃるかもしれません。貧血は、ヘモグロビンという血液中の成分が基準値を下回った状態を指しますが、その原因は一つではなく、いくつかの種類に分類されます。健康診断の検査項目には、この貧血の種類の手がかりとなる重要な情報が含まれています。
本記事では、健康診断で行われる主な血液検査項目が、貧血の種類を特定する上でどのように関連しているのか、そして異常値が示唆する可能性について、専門家の視点から解説いたします。ご自身の健康診断結果をより深く理解し、次のステップを考えるための一助となれば幸いです。
貧血とは何か? 基本的な理解
貧血は、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビン濃度が基準値以下に低下した状態です。ヘモグロビンは、肺で取り込んだ酸素を体の隅々の組織に運搬するという重要な役割を担っています。ヘモグロビンが不足すると、全身への酸素供給が滞り、疲れやすい、息切れ、めまい、顔色が悪いといった症状が現れることがあります。ただし、貧血が軽度である場合や、ゆっくり進行する場合は、これらの自覚症状に乏しいことも少なくありません。健康診断で初めて指摘されるケースも多くあります。
健康診断で行われる主な貧血関連検査項目とその意味
健康診断の血液検査では、貧血の有無を確認するために、以下のような項目が測定されます。これらの項目は互いに関連しており、組み合わせて評価することで、貧血の種類や原因を推測する手がかりが得られます。
- ヘモグロビン (HbまたはHgb): 赤血球に含まれる酸素運搬タンパク質そのものの量を示します。貧血の診断において最も基本的な指標であり、基準値以下であれば貧血と判断されます。
- ヘマトクリット (HtまたはHct): 血液全体に占める赤血球の容積の割合を示します。ヘモグロビンと同様に、貧血の程度を評価する指標となります。
- 赤血球数 (RBC): 血液1マイクロリットル中に含まれる赤血球の数を示します。貧血では数も減少することが多いですが、必ずしもヘモグロビン濃度と相関するわけではありません。
- 赤血球恒数 (MCV, MCH, MCHC):
これらの指標は、一つ一つの赤血球の大きさや含まれるヘモグロビンの量・濃度を示し、貧血の種類を分類する上で非常に重要です。
- MCV (平均赤血球容積 Mean Corpuscular Volume): 赤血球一つあたりの平均的な大きさを表します。
- MCVが低い場合:赤血球が小さい(小球性)
- MCVが正常な場合:赤血球の大きさが正常(正球性)
- MCVが高い場合:赤血球が大きい(大球性)
- MCH (平均赤血球ヘモグロビン量 Mean Corpuscular Hemoglobin): 赤血球一つあたりに含まれるヘモグロビンの平均的な量を表します。MCVとほぼ相関します。
- MCHC (平均赤血球ヘモグロビン濃度 Mean Corpuscular Hemoglobin Concentration): 赤血球容積あたりに含まれるヘモグロビンの濃度を表します。
- MCV (平均赤血球容積 Mean Corpuscular Volume): 赤血球一つあたりの平均的な大きさを表します。
これらの基本項目に加え、必要に応じて以下のような項目も貧血の原因検索のために測定されることがあります。
- 血清鉄 (Serum Iron): 血液中の鉄の量。
- フェリチン (Ferritin): 体内に貯蔵されている鉄の量を示す指標。鉄欠乏性貧血の診断に非常に有用です。
- ビタミンB12、葉酸: 赤血球が成熟するために必要なビタミン。これらが不足すると特殊な貧血(巨赤芽球性貧血)の原因となります。
検査値から読み解く主な貧血の種類と原因の可能性
健康診断の検査値、特にヘモグロビン濃度が低く、さらにMCVなどの赤血球恒数や鉄関連の検査値を組み合わせることで、いくつかの典型的な貧血の種類を推測することができます。
1. 小球性貧血 (MCV低値)
赤血球が小さくなっている貧血です。健康診断で最も頻繁にみられる貧血の一つです。
- 典型的な検査値パターン: Hb、Htが低値。加えて MCV、MCHが低値 となります。
- 最も多い原因: 鉄欠乏性貧血 です。体内の鉄分が不足し、ヘモグロビンを十分に合成できないために起こります。
- 鉄欠乏性貧血では、上記のパターンに加え、血清鉄、フェリチンも低値 となることが典型的です。
- 原因としては、月経や婦人科系の疾患による出血(女性の場合)、消化管からの慢性的な出血(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、大腸ポリープ、がんなど)、偏食による鉄分摂取不足、吸収障害などが挙げられます。消化管出血は自覚がないまま進行していることもあるため注意が必要です。
- その他の原因: サラセミアなどの遺伝性疾患(日本人は比較的まれ)や、慢性炎症に伴う貧血の一部でもMCVが低値となることがあります。
2. 正球性貧血 (MCV正常値)
赤血球の大きさは正常範囲内であるものの、数が減ったり、形は正常でも十分に作られなかったりする貧血です。
- 典型的な検査値パターン: Hb、Htが低値。MCVは正常範囲内 となります。
- 考えられる原因:
- 再生不良性貧血: 骨髄の機能が低下し、赤血球だけでなく白血球や血小板も減少する難病です。
- 腎性貧血: 腎臓病により、赤血球の産生を促進するエリスロポエチンというホルモンが十分に作られないために起こります。
- 慢性疾患に伴う貧血: 感染症や自己免疫疾患、悪性腫瘍などの慢性的な病気がある場合に起こることがあります。体内で鉄が利用されにくくなったり、赤血球の寿命が短くなったりすることが関与します。この場合、血清鉄は低値でも、貯蔵鉄を示すフェリチンはむしろ高値となることがあります。
- 急性出血: 大量の出血があった場合、初期には残った赤血球の大きさが正常なまま、貧血として検出されることがあります。
- 溶血性貧血の一部: 赤血球が異常に早く破壊されてしまう貧血の一部でもみられます。
3. 大球性貧血 (MCV高値)
赤血球が通常より大きくなっている貧血です。
- 典型的な検査値パターン: Hb、Htが低値。加えて MCV、MCHが高値 となります。
- 考えられる原因:
- 巨赤芽球性貧血: ビタミンB12または葉酸の欠乏によって起こる貧血です。これらのビタミンはDNA合成に不可欠であり、不足すると赤血球のもととなる細胞がうまく分裂・成熟できず、巨大な赤血球ができてしまいます。
- 原因としては、偏食や菜食主義による摂取不足、胃の切除後や自己免疫疾患による吸収障害などが挙げられます。
- アルコールの過剰摂取: アルコール自体が骨髄に影響を与えたり、葉酸の吸収を妨げたりすることが知られています。
- 肝臓病: 肝機能が低下すると赤血球が大きくなることがあります。
- 骨髄異形成症候群 (MDS) など: 骨髄の異常によって赤血球の産生に問題が生じる疾患の一部でも見られます。
- 巨赤芽球性貧血: ビタミンB12または葉酸の欠乏によって起こる貧血です。これらのビタミンはDNA合成に不可欠であり、不足すると赤血球のもととなる細胞がうまく分裂・成熟できず、巨大な赤血球ができてしまいます。
健康診断で貧血や関連検査値異常を指摘されたら? 次にすべきこと
健康診断で貧血、あるいは貧血に関連する検査値(Hb, Htの低値、MCV異常、血清鉄・フェリチン異常など)を指摘された場合は、「要再検査」や「要精密検査」といった指示が出ていることが多いでしょう。この指示が出た場合は、必ず医療機関を受診することが重要です。
ご自身でインターネットなどで情報を調べられるのは素晴らしいことですが、健康診断の検査値はあくまで「スクリーニング(ふるい分け)」であり、確定診断ではありません。また、検査値の変動には体調や測定誤差なども影響する可能性があります。
医療機関では、健康診断の結果を持参し、医師に相談してください。医師は、問診(症状の有無、既往歴、家族歴、服薬状況、月経の状況、食事内容など)を行い、健康診断の結果と併せて総合的に評価します。そして、必要に応じて以下のような追加の検査を提案することが一般的です。
- 再検査: 健康診断で指摘された項目をもう一度測定し、結果の変動を確認します。
- 追加の血液検査: 鉄、フェリチン、ビタミンB12、葉酸、腎機能を示すクレアチニン、炎症の有無を示すCRPなど、疑われる原因に応じた項目を詳しく調べます。網状赤血球数(新しく作られている赤血球の割合)を調べて、骨髄の造血能力を評価することもあります。
- その他の検査: 消化管出血が疑われる場合は、便潜血検査(健康診断で行うこともありますが、追加で行うことも)、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)、大腸カメラ(下部消化管内視鏡検査)などが行われることがあります。腎臓病や肝臓病、甲状腺疾患などが疑われる場合は、それぞれの専門的な検査に進みます。骨髄の病気が疑われる場合は、骨髄検査が必要となることもあります。
これらの検査を通じて、貧血の原因を特定し、適切な診断と治療方針が決定されます。原因が特定されれば、鉄剤の投与、ビタミンの補充、基礎疾患の治療など、原因に応じた治療が行われます。
自己判断で鉄剤などのサプリメントを摂取することは、原因不明のまま安易に行うと、かえって診断を遅らせたり、ヘモクロマトーシスのような鉄が過剰に蓄積する病気を見逃したり、悪化させたりする可能性もあるため避けるべきです。必ず医師の指示に従ってください。
日常生活においては、バランスの取れた食事を心がけ、鉄分やビタミン類を適切に摂取することは大切ですが、これだけで原因不明の貧血が劇的に改善するとは限りません。まずは医療機関を受診し、原因を特定することが最優先です。
まとめ
健康診断で貧血や関連検査値の異常を指摘された場合、その検査値は貧血の種類や原因を探るための重要な手がかりとなります。ヘモグロビンやヘマトクリットの低下に加え、MCVをはじめとする赤血球恒数、そして鉄やビタミン関連の検査値を総合的に評価することで、鉄欠乏性貧血、腎性貧血、巨赤芽球性貧血など、様々な種類の貧血が疑われます。
これらの検査値の示す意味を理解することは、ご自身の健康状態への関心を深める上で役立ちますが、確定診断や詳細な原因の特定には、専門医による追加の検査と総合的な判断が不可欠です。健康診断の結果を真摯に受け止め、指示があれば速やかに医療機関を受診し、適切な診断とアドバイスを受けていただくことを強くお勧めいたします。