健康診断のヘモグロビン・ヘマトクリット 貧血の基準と意味 専門家解説
はじめに:健康診断の血液検査で「貧血」を指摘されたら
健康診断で行われる血液検査では、様々な項目から体の状態を評価します。その中で、「貧血」に関連する項目として、主にヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Ht)が測定されます。これらの数値に異常が見られた場合、「貧血の疑い」や「要再検査」といった判定を受けることがあります。
自分で調べてみても、これらの数値が具体的に何を意味するのか、どのような状態が考えられるのか、そして次にどのような対応をすべきかについて、より専門的で信頼できる情報をお求めになっている方もいらっしゃるでしょう。ここでは、健康診断で指摘されるヘモグロビン値やヘマトクリット値の異常について、専門家の立場から詳しく解説し、皆様の疑問や不安の解消に役立てていただければ幸いです。
ヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Ht)とは?
健康診断で貧血の有無を判断する際に重要な指標となるのが、ヘモグロビンとヘマトクリットです。
- ヘモグロビン(Hb): 赤血球の中に含まれるタンパク質で、全身の組織に酸素を運搬する重要な役割を担っています。肺で酸素と結合し、体の隅々まで運び、代わりに二酸化炭素を受け取って肺に戻ります。ヘモグロビン値は、血液中にどれくらいの量の酸素運搬能力があるかを示す指標となります。
- ヘマトクリット(Ht): 血液全体に占める赤血球の容積の割合を示す数値です。ヘマトクリット値が高いほど赤血球の割合が多く、低いほど少ないということになります。
これらの数値は、赤血球の数、大きさ、ヘモグロビンの量などが複合的に反映されるため、貧血だけでなく、様々な体調や病気の状態を示唆する場合があります。
貧血の基準値と判断
一般的に、貧血の診断はヘモグロビン値に基づいて行われます。世界保健機関(WHO)による貧血の基準値は以下の通りです。
- 成人男性:ヘモグロビン値 13.0 g/dL未満
- 成人女性:ヘモグロビン値 12.0 g/dL未満
- 妊婦:ヘモグロビン値 11.0 g/dL未満
ヘマトクリット値も貧血の指標となりますが、単独よりもヘモグロビン値と合わせて評価されることが多いです。ヘマトクリット値の一般的な基準範囲は、男性で40~50%、女性で35~45%程度ですが、基準値は検査機関によって若干異なる場合があります。
健康診断でこれらの基準値を下回っている場合、「貧血」あるいは「貧血の疑い」として精密検査や医療機関への受診が勧められます。
ヘモグロビン・ヘマトクリットが示す可能性
ヘモグロビン値やヘマトクリット値が基準値を下回る、すなわち「貧血」の状態は、様々な原因によって引き起こされます。単に「血が薄い」というだけでなく、体のどこかに異常があるサインである可能性があります。考えられる主な原因としては、以下のようなものがあります。
- 鉄欠乏性貧血: 貧血の中で最も頻繁に見られるタイプです。赤血球の材料となる鉄分が不足するためにヘモグロビンが十分に作られなくなり起こります。主な原因は、過多月経、消化管からの出血(胃潰瘍、ポリープ、がんなど)、偏った食事による鉄分摂取不足などです。
- 再生不良性貧血: 骨髄の働きが悪くなり、赤血球だけでなく白血球や血小板なども十分に作られなくなる病気です。
- 溶血性貧血: 赤血球が通常よりも早く破壊されてしまうことで起こる貧血です。自己免疫疾患や遺伝的な要因など様々な原因があります。
- 腎性貧血: 腎臓病により、赤血球を作るのに必要なホルモン(エリスロポエチン)が十分に分泌されなくなることで起こります。
- ビタミンB12欠乏性貧血・葉酸欠乏性貧血(巨赤芽球性貧血): ビタミンB12や葉酸が不足することで、正常な赤血球が作られなくなる貧血です。偏食やアルコールの過剰摂取、胃の病気などが原因となることがあります。
- 慢性疾患に伴う貧血: がん、慢性感染症、膠原病などの慢性的な病気があると、サイトカインの影響などで貧血が起こることがあります。
- 出血: 急性または慢性の出血(外傷、手術、消化管出血など)により、ヘモグロビンやヘマトクリットが低下します。
健康診断で貧血が指摘された場合、これらの可能性の中から、ご自身の年齢、性別、既往歴、自覚症状などを総合的に考慮して原因を探る必要があります。ヘモグロビン値やヘマトクリット値の低下の程度だけでなく、赤血球の大きさ(MCV)、ヘモグロビン濃度(MCH、MCHC)、そして鉄に関連する項目(血清鉄、フェリチン、TIBCなど)の数値も、原因を特定するための重要な手がかりとなります。
再検査・精密検査で何をするのか
健康診断で貧血が指摘され、医療機関への受診や精密検査を勧められた場合、通常は以下のような検査が行われます。
- 詳細な問診と診察: 自覚症状(だるさ、息切れ、めまいなど)、既往歴、服薬歴、食事内容、月経の状況、出血の既往などを詳しく伺います。
- 血液検査: 健康診断で測定したヘモグロビン、ヘマトクリットだけでなく、赤血球数、白血球数、血小板数、網状赤血球数などを調べる血球算定に加え、前述のMCV, MCH, MCHCといった赤血球の指標、そして鉄代謝に関連する血清鉄、フェリチン、総鉄結合能(TIBC)、トランスフェリン飽和度などが詳細に調べられます。これにより、貧血の種類や原因を特定する手がかりが得られます。ビタミンB12や葉酸の測定も行うことがあります。
- 便潜血検査: 消化管からの慢性的な出血が疑われる場合に行われます。
- 上部・下部消化管内視鏡検査(胃カメラ、大腸カメラ): 便潜血が陽性の場合や、消化管出血が強く疑われる場合に行われる精密検査です。胃や腸からの出血源の有無や、潰瘍、ポリープ、がんなどの病変を確認します。
- 腹部超音波検査: 肝臓、脾臓、腎臓などに貧血の原因となる病変がないかを確認することがあります。
- 婦人科受診: 女性の場合、過多月経や子宮筋腫など、婦人科系の原因が疑われる場合に専門医の診察を受けます。
- 骨髄検査: 再生不良性貧血など、骨髄の異常が疑われる場合に行われる、より専門的な検査です。
これらの検査によって、貧血の原因が特定され、それに基づいた治療方針が立てられます。
日常生活でできることと医療機関に相談する際のポイント
健康診断で貧血を指摘された場合、まずは精密検査を受けることが最も重要です。原因が特定されれば、適切な治療を行うことができます。自己判断で市販の鉄剤などを安易に摂取することは、鉄過剰症を引き起こす可能性もあるため、医師の指示なしに行うべきではありません。
医療機関を受診する際は、健康診断の結果表を必ず持参してください。また、以下のような情報も医師に伝えると診断の手助けになります。
- 自覚している症状(だるさ、息切れ、めまい、動悸、立ちくらみなど)
- 症状が出始めた時期や、症状の程度
- 普段の食事内容(極端な偏食やダイエットをしていないか)
- 服用している薬やサプリメント
- 女性の場合は、月経の周期や量、期間
- 過去に大きな病気や手術をした経験
- 家族に貧血や血液の病気があるか
日常生活でできることとしては、原因が特定されるまでは、バランスの取れた食事を心がけることが基本となります。鉄分を多く含む食品(レバー、赤身の肉、魚、ほうれん草、プルーンなど)や、鉄分の吸収を助けるビタミンCを多く含む食品(柑橘類、ブロッコリーなど)を意識して摂ることは良いでしょう。しかし、これはあくまで原因不明の段階での一般的な心がけであり、原因が判明した後は医師や管理栄養士の指導に従うことが重要です。
まとめ:専門家の視点から
健康診断でのヘモグロビン値やヘマトクリット値の異常は、貧血を示唆する重要なサインです。貧血は単なる体調不良ではなく、体のどこかに隠れた病気がある可能性を示していることがあります。特に、消化管出血のように、放置すると進行してしまう可能性のある病気が原因となっていることもあります。
健康診断の結果で貧血の疑いを指摘された場合は、過度に心配しすぎず、しかし軽く考えずに、必ず医療機関を受診し、精密検査を受けることをお勧めします。専門医による適切な検査と診断により、貧血の正確な原因が明らかになり、ご自身に合った治療法が見つかることで、健康な状態を取り戻すことが期待できます。ご自身の体のサインを見逃さず、専門家の手を借りて適切な次のステップを踏み出すことが大切です。
免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の疾患の診断や治療法を推奨するものではありません。個人の健康状態に関するご相談は、必ず医療機関で専門医にご相談ください。